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【昔むかしのお口ケアシリーズ】世界最古の歯ブラシや歯磨き粉とは

  • 歯の豆知識
  • 2021/06/16

梅ヶ丘1丁目歯科 堀籠(ホリゴメ)です。

現在は歯ブラシ、歯磨き粉、補助器具、洗口液などの口臭対策グッズなどたくさんの種類があり
毎日のお口ケアも充実したアイテムを使用することができます。

現在は、多くの人が歯の健康を気遣いながら生活していると思うのですが、昔の人は、どうケアしていたと思いますか?

普段のケアのお陰で虫歯もなく過ごしている人もいるのですが、今のようなケアを昔からしていた訳ではありませんよね。

そこで今回は、昔はどんなお口ケアしていたのか興味深い雑学をお届けします。

世界最古の歯ブラシとは

世界で一番最初に歯ブラシを使ったのは中国の皇帝と言われてます。豚の毛を骨や竹の台にかまぼこ形に植え付けたものを使用していたそうです。

他にも、古代ギリシャの医者ヒポクラテスが精製していない羊毛を使って歯を磨くことを推奨したり、小枝の繊維がほつれるまで噛み、ほつれた部分で歯を磨いていたようです。

インドでは昔から虫食いのない木の枝(ニーム)を歯ブラシに使用していたそうです。現在でもニームの小枝を折って歯を磨いている人がおり、行商人が小枝を売り歩いている姿を見ることができます。

日本では、江戸初期(1624~1704年)に歯磨きが習慣になったようです。
「房楊枝」というものが歯ブラシの原型となっています。

房楊枝とは、柳や黒文字の木の端を木槌で叩き、針を並列した器具ですいて繊維状にしたものです。徳川三代将軍の家光が浅草へ参拝したとき、楊枝店を休息所に選んだことで普及したとも言われています。

日本で始めての歯ブラシが発売されたのは明治5年(1872年)「鯨楊枝」という名称でした。今のように「歯ブラシ」という名称で販売されたのは大正2年(1913年)。ライオンの「萬歳歯刷子(ばんざいはぶらし)」になります。

歯ブラシもあるなら歯磨き粉も⁉︎

紀元前1500年頃に書かれたエジプト医学「パピルス」に世界最古の歯磨き粉が記されていました。

ビンロウジュの実を細かく粉状し、「研磨剤・粘結剤」にはナイル川の肥沃(ひよく)な土、「粘結剤・甘味料」は蜂蜜、「研磨剤」に燧石(ひうちいし)、「香料」は乳香(にゅうこう)、「細菌抑制・殺菌」には緑青(ろくしょう)を混ぜたものを使用していたようです。

日本では、江戸初期(1643年)に、 丁字屋 喜佐衛門という商人が朝鮮人に教えて貰ったのが歯みがき粉の始まりと言われています。

それまでは、焼き塩や砂、焼いた米糠(こめぬか)などを歯磨き粉代わりに使用していたそうです。若い男性などは、笑うと輝く白い歯を武器に女性にモテようとせっせと歯磨きにいそしんでいたようです。いつの時代も、白い歯は好印象を与えてくれるんですね。

そして、明治時代になると、塩や砂から無機粉体を原料とする歯磨き粉が普及していきました。1896(明治29)年には「獅子印ライオン歯磨」が日本で初めて発売になりました。

歯間ブラシは黄金の爪楊枝!

紀元前3000年ごろ、メソポタミア文明のシュメール人の遺跡から、黄金の楊枝が発見されており、これが現存する最古の爪楊枝とされています。

ギリシャやローマの古文書には、爪楊枝を使い歯のケアをしていたことが記されています。今でいう歯間ブラシやデンタルフロスのように使用していたのではないでしょうか。お金持ちは、手の込んだ細工が施された真鍮や銀の爪楊枝を使用していたそうです。

何ともゴージャスな爪楊枝ですね。

紀元前から口臭対策!

昔の人々も口臭は気にしていたようです。紀元前370年頃、古代ギリシアの医者であったヒポクラテスが、マウスウォッシュを推奨した最初の偉人といわれています。

乾燥したバラとワインで煮たオーツ麦で口をすすぐことをすすめ、歯磨きや口臭対策呼びかけました。

同じ頃、インドでは釈迦(しゃか)が弟子に口腔ケアを促していたともいわれています。釈迦の説法をまとめた「律蔵(りつぞう)」という仏典には、「僧たちは口が臭かったので、世尊(釈迦)は歯木(昔の歯ブラシのようなもの)を嚙む5つの利益を説いた」と記されています。

5つの利益とは、歯木を噛むことにより、口臭がなくなる、食べ物が美味しくなる、口の中の熱をとる(炎症を抑える)痰をとる、目がよくなる(口をすすいだあと目を洗うこと)と言われており、釈迦は仏教だけでなくお口ケアも広めていたようです。

日本では古くから、神様に祈りを捧げる前に口をゆすぐ習慣があったとされています。ただ、普段からあまりケアしていなかったようで、平安時代後期に描かれた絵巻物「病草紙(やまいのそうし)」には、「口臭の女」や「歯槽膿漏の男」などが記されています。

江戸時代に入れ歯があった!

江戸時代には入れ歯が存在していたことをご存知ですか?あの徳川家康も入れ歯だったと歴史書にも記載があります。

江戸時代の入れ歯は、木ロウで型を取り、ツゲの木を削って作っていました。ツゲの木は緻密で硬く、また抗菌作用があって不潔になりにくく、入れ歯の台として最適な材料でした。前歯には自分の歯かあるいは他人の歯を絹糸で台にくくり付け、奥歯は金属の釘を何本も打ち付け、よく噛めるようにしてありました。(※1)

入れ歯をしていたのは家康だけでなく、日本古典研究家 本居 宣長(もとおり のりなが)、江戸時代の蘭学医 杉田玄白(すぎたげんぱく)、江戸時代後期の読本作者 曲亭 馬琴(きょくてい ばきん)などの有名人も入れ歯をしていました。

現在、日本に残っている一番古い入れ歯は、和歌山市願成寺の尼僧(通称:仏姫)が入れていたものです。この入れ歯は驚くほど現在の入れ歯と似ています。

江戸時代には、仏師(仏像を作る人)が転職し、入れ歯師になったとされています。入れ歯作りの名人もいたそうです。

お歯黒とは?

江戸時代、庶民(女性)には結婚すると“夫に貞節を尽くす”ため、眉を剃って歯を黒く染めるという習慣がありました。朝、夫が起き出す前に歯を黒く塗ったりしていたそうです。

お歯黒の原料は、五倍子粉(ふしのこ)と、鉄漿水(かねみず)を混ぜ作られていたとのこと。今では考えられないのですが、江戸時代の女性たちにとっては日常的なお化粧になっていたようです。

昔のお口ケアは知恵と工夫がたくさん!

いかがでしたか?

昔のお口ケアもとても興味深く、いろんな知恵と工夫が施されていることが垣間見れます。

昔の人も歯磨き粉を使い歯を磨き、爪楊枝で歯間を掃除、口臭対策もしっかりしていたようですね。
それは、今も昔も基本は同じかもしれません。

昔と違いどんどん進化した歯磨き粉や歯ブラシ。
毎日のお口ケアには欠かせないアイテムです。

しかし、歯磨きをしているからといって安心は禁物です。
虫歯予防を徹底するには定期検診がマスト!

2〜3ヶ月に一度、梅ヶ丘一丁目歯科で定期検診を受け
一生付き合っていけるお口環境を一緒に作っていきましょう。

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(※1)テーマパーク8020
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梅ヶ丘一丁目歯科 院長 堀籠眞一(ほりごめ まさかず)
経歴
松本歯科大学を卒業
医療法人社団 歯友会「赤羽歯科」
医療法人社団 友伸会「仙川町歯科クリニック」
両院併せて30年以上、歯科診療に携わる。

大手の歯科医院勤めにより先進技術・先進医療を取得。
学会にて常に新しい治療方法を学んでいる
モットーは『自分の歯で一生を過ごす為の治療』

慣れ親しんだ梅ヶ丘という地で開業し、皆様に愛される地域に根付いた歯科医院を目指しております。

INFORMATION

梅ヶ丘一丁目歯科

住所

東京都世田谷区梅丘一丁目16番3号 木村ビルディング1階

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